新生児療養指導説明義務核黄疸脳性麻痺事件

「何か変わったことがあればいらっしゃい」は説明にならない


新生児核黄疸脳性麻痺事件―破棄差戻(医師側逆転敗訴)
最高裁判所第二小法廷平成7年5月30日判決(判例時報1553号78頁)


療養指導上の説明義務、不可逆的疾患の危険性の説明


 核黄疸は、間接ビリルビンが新生児の主として大脳基底核等の中枢神経細胞に付着して黄染した状態をいい、神経細胞の代謝を阻害するため死に至る危険が大きく、救命されても不可逆的な脳損傷を受けるため治癒不能の脳性麻痺等の後遺症を残す疾患である。核黄疸の発生原因としては、血液型不適合による新生児溶血性疾患と特発性高ビリルビン血症とがあるが、いずれも血液中の間接ビリルビンが増加することによって核黄疸になるものである。昭和48年9月原告患児(女児)は2,200グラムの未熟児で出生した。出生から10日目に退院した後に核黄疸が発症し脳性麻痺の後遺症が生じた。母親は入院中のイクテロメーターの検査で2.5であったので、母子手帳に記載の血液型の不適合と重症黄疸の説明をみて心配になり、血液検査を依頼した。患児の血液型を母親と同じO型と判定したが、この判定は誤りで、実際には患児の血液型はA型であった。退院の際、被上告人医師は、患児には血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは未熟児であるから心配はないと説明し、「何か変わったことがあったらすぐに自分のところか、近所の小児科医の診察を受けるように。」というだけの注意を与えた。二審の高等裁判所は、このような注意を与えているのであるから、退院時の被上告人医師の措置に過失はないと判決した。これについて最高裁判所は次のように判決して、高等裁判所に破棄差戻した。


 「そうすると、本件において上告人Aを同月30日の時点で退院さることが相当でなかったとは直ちにいい難いとしても、産婦人科の専門医である被上告人としては、退院させることによって自らは上告人Aの黄疸を観察することができなくなるのであるから、上告人Aを退院させるに当たって、これを看護する上告人Bらに対し、黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときには速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべきところ、被上告人は、上告人Aの黄疸について、特段の言及もしないまま、何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって、かかる被上告人の措置は不適切なものであったというほかはない。被上告人は、上告人Aの黄疸を案じていた上告人Bらに対し、上告人Aには血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは未熟児だからであり心配はない旨の説明をしているが、これによって上告人Bらが上告人Aの黄疸を楽観視したことは容易に推測されるところであり、本件において、上告人Bらが退院後上告人Aの黄疸を案じながらも病院に連れて行くのが遅れたのは被上告人の説明を信頼したからにほかならない。…。そして、このような経過に照らせば、退院時における被上告人の適切な説明、指導がなかったことが上告人Bらの認識、判断を誤らせ、結果として受診の時期を遅らせて交換輪血の時期を失わせたものというべきである。」


 高等裁判所が、医師の説明に過失がないとしたのに、何故その判断が間違えだとしたのかは、次の患者側の上告理由書を読むとわかる。退院の時点で、進行すれば不可逆的な疾患がある限り、その危険について具体的に説明し適時に対処できるようにしておかなければならない。

 「次に『あらゆる危険性を説明することは不可能である』という命題であるが、これはなるほど当然の話である。しかし問題のはぐらかしでもある。退院時の説明というのは、何も医学部の講義をするわけではないのであるから、その時点においてもっとも懸念される疾患について特徴的な点を述べれば良いのである。前述のごとく、客観的な問題として新生児のすべての疾患から等距離にあったわけではなく、さらに上告人Bが一貫して黄疸を憂慮していたという経緯に鑑みれば、未熟児の遷延性の黄疸が最もクローズアップされるべき疾患であることは明らかである。

 さらに、 『全身状態に注意して何かあったら医師に診せよ』という点についてであるが、まず、第一に、およそ全ての人は身体に変調があれば医師の診察を仰ぐのであるから、このようなことは至極あたり前のことにすぎず、告げられようが告げられまいが差異がない。かかる説明で足りるというなら、別に告げなくてもよいといっているに等しい。…そこに、 『血液型不適合はない』という誤った事実を告げられれば、それだけでも上告人Bの黄疸への懸念は相当程度薄らがざるをえない。…甲第一二号証によれば、 『未熟児診療では黄疸の占めるウエイトは大きく、その管理は重大である』 『成熟児で認められる核黄疸の定型的症状を呈さないばかりか、黄疸の指標である血清ビリルビン濃度が低値にもかかわらず核黄疸を認めることができる』となっており、到底『未熟児だから大文夫』などと言えるようなものではない。常識で考えても、未熟児の場合、 『未熟児だからこそ黄疸の経過にはよく注意するように』 『成熟児以上に赤ちゃんの容態に注意を払うように』とつながるのが当然であって、被上告人の当該説明は、説明義務を尽くさなかったという不作為どころか、積極的に誤導しているものである。」

差戻審高裁変更判決一判例時報1603号76頁

 「…そうすると、産婦人科の専門医である被控訴人としては、退院させることによって自らは控訴人Aの黄道を観察することができなくなるのであるから、控訴人Aを退院させるに当たって、これを看護する控訴人Bらに対し、黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、まの増強や哺乳力の低下などの症状が現れたときは、速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべきところ、被控訴人は、控訴人Aの黄疸について特段の言及もしないまま、何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって、かかる被控訴人の措置は不適切なものであったというほかない。」