幼児化膿性髄膜炎死亡


幼児化膿性髄膜炎死亡―医師側敗訴
東京地方裁判所 平成9年3月24日(判例タイムズ953号241頁)


化膿性髄膜炎、ルンバール検査


 発熱、嘔吐、けいれんを起こした二歳児が、二日間にわたり病院で診療を受けたが、二日目に化膿性髄膜炎が進行し、院内で死亡した事案において、 一日目の担当医師がルンバ−ル検査をせず熱性けいれんと診断して帰宅させ、二日目の担当医師はろくに診察もせずCT検査を指示し、重篤な化膿性髄膜炎に対する認識を欠き適切な診療をしなかった過失を認めた事例である。

 患児の死亡の結果を招来した疾患は、 ヘモフィルス・インフルエンザ・タイプBを起炎菌とする化膿性髄膜炎及び敗血症であり、患児の死は右起炎菌が産生するエンドトキシンによるショック死であった。患児の発症時期は平成4年5月5日午後2時ころで、A医師が患児を診察した当時において、化膿性髄膜炎は既に発症しており、症状の進行段階は初期であった。同日夜間までは症状は急速な進行はなかったが、翌6日午前9時ころより細菌感染が急激に進行し、電撃型髄膜炎又は敗血症症候群の合併症に進行して、インフルエンザ菌から放出されたエンドトキシンによってショック、脳浮腫が急速に進行したために血圧低下、チアノーゼ、心不全、呼吸停止へと短時間に症状が悪化して死に至った。


 「1 A医師の過失について

 ……A医師の診察時までにおける患児の症状が、発熱、嘔吐、全身けいれん並びに一時的な眼球の上転及び軽度の意識レベルの低下であったこと、患児が当時二歳三か月であり、過去にけいれんを起こしたことがないこと、同児に咽頭発赤が認められなかったこと等前記認定の事実関係及び本件鑑定を総合すれば、A医師の診察時において、患児について想定された疾患は、(1)感染症に伴う熱性けいれん、(2)髄膜炎及び(3)感染を伴ったてんかんの二つであるが、このうち、熱性けいれん及びてんかんの可能性は低く、髄膜炎がより強く疑われる状態であったことが認められる。

 確かに、右症状は髄膜炎に固有のものではなく、しかも、項部硬直等の髄膜刺激症状は認められなかったから、直ちに髄膜炎と確定診断するだけの根拠が乏しかったことは否定できない。

 しかしながら、複数の疾患の鑑別判断に当たっては、たとえ蓋然性が高くなくとも、重大な疾患について優先的にその該当の有無を検討すべきである。前記認定のとおり、化膿性髄膜炎は予後が重大であり、また急激に進行する可能性もある危険な疾患であるから(当該疾患が進行の速いものであるかどうかの事前の判断が困難であるとしても、その可能性は常に念頭に置くべきである。)、確定診断のための検査を積極的に行うべきである。しかも、低年齢児の化膿性髄膜炎では、初期段階では髄膜刺激症状が現れないこともあるから、髄膜刺激症状がみられない場合であってもルンバール検査を行うべきことが指摘されていたことは前記認定のとおりである。

 ……前記認定事実によれば、A医師は、患児の診察に際し、原告父親から、患児に少なくとも発熱、嘔吐及びけいれんの症状があること及びけいれんは初めてであったことを告げられると共に、髄膜炎の可能性を問われており、また、右診察時における患児の体温が39度であり、診察の結果、咽頭の発赤は認められないことを確認したのであるから、患児については髄膜炎が強く疑われ、熱性けいれん等他の疾患も想定できるが、その可能性は比較的低かったことを容易に察知することができたと認められる。したがって、同医師は、患児に対し、直ちにルンバール検査を実施するか、あるいは入院させて入念な経過観察を行い、髄膜炎の可能性を常に念頭に置き、項部硬直ないしケルニッヒ徴候の有無・程度、体温の推移、 一般状態の経過等に細心の注意を払い、必要に応じてルンパール検査を実施すべきであった。

 ……しかるに、前記認定事実によれば、A医師は、患児を熱性けいれんであると診断し、ルンバール検査を実施せず、また右のような入念な経過観察を行うこともなく、患児を帰宅させたのであるから、右注意義務を怠った過失がある。

 2 B医師の過失について

 ……B医師は、原告母親の申出にもかかわらず、CT検査の前に診察をせず、その状態を十分把握しないまま漫然とCT検査を指示したため、血管、静脈輸液ルートの確保、昇圧剤の携帯等その後の患児の異常事態に対する迅速な治療を行い、その生命を救済することが可能であったのに十分な診察を怠った過失があるというべきである。

 B医師の証言及び本件鑑定中には、B医師は、外来で診療待ちをしている患児を視診した旨、熟練した小児科医は診療待ちをしている患児に対し、全身の視診である程度その症状を把握することができる旨の供述や意見があるが、B医師は、カルテや訴外医師が作成した紹介状の記載から患児が前日被告病院で診察を受けたこと及び当日の来院前における訴外医師の診察では髄膜炎の疑いが濃厚であり、かなりの重症であることを認識することができたのであるから、患児が被告病院に到着した旨の連絡を受けた後、直ちに適切な診察及び治療を行うべきである。しかるに、同医師は、「全身の視診」程度の安易な診察により、漫然とCT検査を受けるよう指示し、順番待ちをしている時間においても特段の注意を払っていないのであって、熟練した小児科医は視診である程度わかるというような合理性に欠ける判断を前提とする行為は、患児の髄膜炎に関しては適切な診察及び治療を行ったものとは到底いえず、B医師もまた、医師として要求される前記説示の注意義務を怠った過失責任を免れない。B医師の右の判断は、患児の急激な症状悪化から見て結果として誤っていたものといえるし、同医師のこのような態度は、多分に医師に対する信頼を損なうおそれがあることが明らかであって、視診のみによる安易な診祭によって医師の免責を肯定しかねない前記意見等は採用することができない。」


 本判決の判断の基礎となった鑑定人による医学的知見は次のようなものである。

 化膿性髄膜炎は、インフルエンザ桿菌、大腸菌・赤痢菌群等のグラム陰性桿菌、グラム陰性球菌、グラム陰性短球菌、グラム陽性菌、肺炎双球菌・ブドウ球菌等のグラム陽性球菌などの化膿菌によって起こるものをいう。

 化膿性髄膜炎は、頻度は低いが、診断が遅れると死亡又は重大な後遺症(脳膿瘍、硬膜下水腫、膿瘍、水頭症、難聴、中枢神経障害等)につながりやすいから、微細な症状所見も見逃さないように努力し、必要と感じたらルンバール検査を躊躇してはならない。

 小児の化膿性髄膜炎の中には、進行が速く、電撃的なものもある。電撃型髄膜炎とは、髄膜炎のうち、急速に症状が進行し、血液凝固障害、皮下出血、副腎出血を伴う症候群であり、死亡率が極めて高い。症状としては発熱、意識障害、嘔吐、頭痛、発疹(出血斑)、ショック、播種性血管内凝固が挙げられているが、このうち、副腎出血が最も重要な徴候であり、発疹及び播種性血管内凝固は必発の症状ではないとされている。電撃型と通常の化膿性髄膜炎の病態は、進行の速度を除いては特に大きな差はみられない。

 化膿性髄膜炎の臨床症状としては、発熱、悪心、嘔吐、頭痛、けいれん、意識障害等の非特異的な症状と、項部硬直、ケルニッヒ徴候、ブルジンスキー徴候等の特異的な髄膜刺激症状とがある。右各症状の発現は、患者の年齢、病勢の進行の程度によって異なり、幼若児ほど特異的な症状に乏しい。

 化膿性髄膜炎の確定診断の方法としては、ルンバール検査の実施による髄液所見、菌の培養による起炎菌の決定であるが、頭蓋内圧亢進時、呼吸器や循環器疾患がある場合におけるルンバール検査の実施は危険がある。なお、初回のルンバール検査の結果が正常であっても、その後細胞数が上昇して化膿性髄膜炎と診断される場合もある。

 化膿性髄膜炎に対する治療法としては、起炎菌に対して高度の感受性を有する抗生物質を投与することであり、早期に実施すれば後遺症を残さずに治癒することが多い。化膿性髄膜炎の起炎菌には種々のものがあり、それぞれ抗生物質に対する感受性が異なるが、起炎菌の抽出前に抗生物質を投与すると起炎菌の決定及び抗生物質の感受性検査の支障となるので、まずルンバール検査を実施して起炎菌を抽出し、抽出した菌についてその決定を行う一方、右菌に対して感受性のある坑生物質を検査して、十分な感受性のある抗生物質を使用することが基本となる。抗生物質の投与は起炎菌が判明するのを待たずに行い、菌判明後に必要に応じて抗生物質を変更すべきである。

 いかなる症状が現れた場合に、化膿性髄膜炎を疑い、確定診断のためにルンバール検査を行うべきかについて、臨床上有用な基準定立の試みがなされているが、明確な臨床上の基準は未だ確立されていない。幼児若乳児では、初回有熱けいれんの場合全例にルンバール検査を実施すべきとする見解や、初回の有熱けいれんで二歳以下若しくは五歳以上の小児では、原則として髄膜炎を除外するためにルンバール検査を行うべきとの見解もある。

 いかなる段階でルンバール検査を実施すべきかについて明確な臨床上の基準が確立されているわけではないという被告側の反論に対し、判決は次のように判断している。

 鑑定書には未だ項部硬直の見られない時点で強制的に固定して疼痛を伴う検査を実施することを躊躇したことは十分理解できるとする記述部分がある。しかしながら、早期の段階において同検査を行うべきとする見解もあるのであって、生命及び健康を管理すべき医業に従事する医師は、その業務の性質上、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に従い、危険防止のために実践上必要とされる最善の注意義務を要求されるのであり、典型的な髄膜刺激症状が出ていない段階でルンバール検査を行うべきとする見解が確立されていないとか、平均的医師が現に行っている医療慣行のみによって、医師の注意義務が否定されるものではなく、その具体的な事情に即して、過失の有無を判断すべきである。A医師が患児を診察した当時における患児の症状は、化膿性髄膜炎が疑われる状態にあった。また、ルンバール検査は、通常小児科医にとってさほど困難な手技を伴うものではなく、ルンバール検査を実施した場合の合併症としては、頭痛、腰痛、脳ヘルニア、感染症、出血等があり、特に腰痛は相当頻度で出現するが、一過性のものであることが認められる。これらの事実を考慮すると、A医師は、化膿性髄膜炎の可能性を念頭に置いて、ルンバール検査の是非を判断し、これを実施すべきであったということができるのであって、このような状況のもとにおいては、ルンバール検査の時期、適否等について臨床上の基準が確定されていないことは、A医師の右過失を否定する事由にならないものというべきである。それで本件鑑定意見は採用することができないとして、担当医師の過失を認定したものである。