ガス壊疽デブリードマン不実施大腿部切断

デブリードマンができなければ創傷部開放が必要


下腿開放骨折ガス壊疽デブリードマン不実施大腿部切断―医師敗訴
浦和地方裁判所平成5年7月30日判決(判例タイムズ841号201頁)


ガス壊疽、デブリードマン、複雑骨折、筋挫滅、高圧酸素療法


 交通事故により右下腿開放骨折の傷害を負い、救急病院で手術を受けたが、ガス壊疽を発症し、結局右大腿部切断に至った事案につき、担当医師には、受傷の態様からみて必要十分なブラッシング及びデブリードマンを行わなかった過失、仮にデブリードマンを十分行うことが困難な場合は相当期間創傷部を開放すべきであったのに縫合した過失があるとした事例である。

 ガス壊疽感染を防止すべき義務の存否を判断するについて、判決は、ガス壊疽の発症、局所症状、全身症状、創感染予防処置としてのブラッシングとデブリードマンの重要性、 ガス壊疽が発症した場合の処置、 ガス壊疽の診断方法につて詳細に前提事実を示している。


 「 被告の責任

 1 責任判断の前提事実について《書証番号略》に証人Mの証言によれば以下の事実が認められる。

 (一) ガス壊疽とはガス発生を伴う感染症に対する総称であって、その病原菌の大部分はグラム陽性菌のクロストリディウムであり、これらの菌は各種の土壌中に存在するから不潔な創から感染し易く、また嫌気性であるため外気からの遮断と血行障害による組織酸素の減少消失等が感染の条件となる。従って、傷害が複雑骨折、筋挫滅、大血管の損傷を伴い、創が土壌で汚染されて不潔であり、創腔が外気と遮断された場合には、これらの菌の繁殖によってガス壊疽の発症することがある(以下本件においてガス壊疽の原因となった病原菌を「ガス壊疽菌」という。)。

 しかし、創面にガス壊疽菌が存在することが必ずしも発症につながるとは限らず、その発症の責の大半は初期治療を担当した医師の不完全な創傷処理にあるとされている。

 局所症状としては患部の激痛、腫張、浮腫に始まり、さらに進行すると皮膚や筋内の変色、悪臭を伴う分泌液が認められる。また、触診における髪音、握雪音が特徴的である。全身症状としては発熱、頻脈などの炎症症状、さらに進行すると外毒素による溶血、黄疸、高ビリルビン血症、 ヘモグロビン尿やついには血圧低下から死に至る。白血球は一般に増加し、赤血球や血色素は減少する。破傷風と異なり、症状の進行が速やかで、 かつ全身状態の悪化を伴う。

 (二) 従来この疾患は受傷局所に対してはもちろん生命に対する予後も極めて悪かったため、ガス壊疽に対しては、何よりもまず予防が重要であった。今日、新しい抗生物質の登場と高圧酸素療法の導入により、飛躍的に治療成績が向上しているとはいえ、なお予防が重要であることに変わりない。そのためには、受傷直後の創傷処理において、まずできるだけ多量の生理的食塩水で創内を洗い流して次に消毒水で創洗浄を行い、減菌ブラシで十分創内の汚れ、異物等をこすりとるようにし(ブラッシング)、創内の汚染組織、血流の乏しい組織等は創感染の格好の源となるのでハサミ又はメスで切除すること(デブリードマン)が必要である。創汚染に対するブラッシングとデブリードマンは創感染予防処置の中では最も大切なことであり、これが不十分な場合には抗生物質を多量に投与しても創感染は防ぎきれない。

 創の清浄化が終了すれば通常、創は一時的に縫合閉鎖を行うが、受傷後6時間ないし12時間のゴールデンピリオドをすぎてしまった創あるいは極めて嫌気性菌感染が起こりやすいと判断される創については、縫合閉鎖を行わずそのまま開放創とし、感染の危険性がなくなった数日後に二次的に創閉鎖を行う配慮が必要である。

 以上のブラッシングとデブリードマンの補助的なものとして抗生物質の投与も重要であり、できるだけ早期にかつ大量の投与を行って、汚染創に存在する嫌気性細菌が、増殖を開始しガス壊疽の発症に必要な細菌数に至らない間に、局所に有効に働くようにしなければならず、そのためには全身投与と共に、局所投与も併用すべきことが望ましい。

 (三) ガス壊疽が発症した場合、かつて高圧酸素療法の行われる以前は壊死筋肉及び周辺の健康な組織を含む広範な創傷部切除、とくに感染源としての患肢の切断が最良の治療法であった。今日でも壊死組織の除去は欠かすことのできない重要な処置であるが、しかしまず高圧酸素療法を行い、抗生物質を投与して健康な部分はなるべく残し、さらに患肢の切断は壊死が決定的となるまで行わないのが原則である。

 このように高圧酸素療法の登場によりなるべく患肢を残す方向で治療を行えるようになった点は、ガス壊疽の治療法における根本的な転換であり、それだけに、ガス壊疽発症の可能性が予測される場合には、 一刻も早くこれらの設備のある施設へ患者を転送することが重要である。従って患者の予後はいかに早く診断がなされるかにかにかかっているといわれている。

 (四) ガス壊疽の診断は主として以下のような臨床症状より行う。

 (1)前記の局所症状に重篤な全身症状を伴うこと。

 (2) X線上でガス像を証明すること。これが証明できれば、診断は容易である。

 (3)細菌学的検査は必ず行うべきであるが、細菌の分離同定は短時間では不可能であるから、それにより診断を遅らせるべきではない。

 (4)その他、 ハブトグロビンの測定(溶血の存在を示す。)、クレアチンホスキナーゼの測定(筋崩壊の存在を示す。)など。まれにガス壊疽の診断がかなり困難な場合があるが、以前のように受傷肢切断の適応を決めるのならともかく、現在では少しでも疑いがあれば、まず高圧酸素療法を行うべきである。従って、疑いがあればガス壊疽と診断してさしつかえない。

 

 2 責任の存否について

 (一)ガス壊疽感染を防止すべき義務の存否

 右1認定のガス壊症の発症、予防の特徴に、前記二認定の原告の交通事故による受傷の状況、右傷害の態様、被告の診療経過に関する事実関係を総合すると、原告はバイクの転倒事故を起こして右下腿開放骨折の傷害を負ったのであり、右骨折部位は土壌等によって相当程度汚染されていたことに徴すると、ガス壊疽発症の危険性が相当高かったものといわざるを得ない。

 従って、この段階において手術・治療を行う担当医師としては、急激にして重大な結果をもたらすガス壊疽の発症を防止することを最重要事項の一つとして念頭に置いて、創傷部位について徹底したブラッシング及びデブリードマンを行うべきであり、また傷害の態様からみてデブリードマンを徹底して行うことが困難な状況にあり、かつ抗生物質の投与等補助手段を講じてもなお細菌の繁殖の防止に万全を期し難い場合には、少なくとも右創傷を開放性に処置すべき医学上の注意義務があった。

 しかるに、被告は、原告の受傷の状況、傷害の態様からみて必要十分なブラッシング及びデブリードマンを行うべきところこれを十分には行わなかったものと言うべきであり、仮に、傷害の態様から充分なデブリードマンを行うことが困難であったとすれば、そのような場合は通常抗生物質の投与など補助手段を講じてもそれだけではガス壊疽菌の増殖の可能性があり、従ってこれを防止するためには相当期間創傷部を開放性にしておくべきであったところ、ガス壊疽の発症することはないものと軽信し、ドレーンを挿入して直ちに創傷部を縫合したものであるから、原告の交通事故による傷害に対する治療方法を誤ったものと言わざるを得ない。

 なお、右のドレーンは患部の皮下組織や筋肉内に滞留した血液や術後の出血等に備えて、それらを外部に出すために挿入するものであり、その穴から空気が入って感染を防止することができるとは言い難く、直ちに縫合しても良いというものではない。」