中心静脈頻回穿刺血胸死亡


中心静脈栄養法実施鎖骨下静脈穿刺失敗血胸ショック死亡−医師敗訴
京都地方裁判所平成4年7月17日判決(判例時報1489号142頁)


中心静脈栄養法、鎖骨下静脈穿刺法、血胸、血管収縮剤、高濃度栄養液、脱水症


 高度の貧血、全身衰弱の状態にある十二指腸潰瘍等の患者に対し、中心静脈栄養法実施のため鎖骨下静脈穿刺を5回以上行ったところ、血胸と精神的ストレスによるショック状態を来たし、3時間後死亡した事案において、担当医師は、患者の身体状況を的確に把握し穿刺回数及び時間に配慮すべき義務を怠り、またショック発生後の処置も適切を欠いたとして、過失を認めた事例である。


 「 本件患者の死亡の機序

 1 前示二のとおり、患者は被告病院入院後、午後1時25分から同40分の間に苦痛を訴え始め、同45分には重篤なショック状態に陥り、午後2時11分に自力呼吸が停止し、午後4時15分に心臓が停止して死亡したものであるが、まず、右ショックの発生原因につき検討する。

 …ところで、前示のとおり鎖骨下静脈穿刺手技の合併症として血胸があり、その血胸の発症率は0.5ないし2%であるが熟練者が充分に注意して行っても必ず防止できるものではないものであるところ、前示のとおり被告医師は右手技として午後1時20分ころから同35分までの十数分間に鎖骨下付近から三、四回、鎖骨上付近から二、三回程穿刺針にて患者の鎖骨下静脈付近を穿刺し、右穿刺において最後の一回を除いて全て鎖骨下静脈を穿刺するに至らなかったものであり、更に、前示のとおり血胸は、出血に伴う症状(ショック)、肺心臓の圧迫に伴う心肺機能不全の症状(呼吸困難、チアノーゼ、O欠乏、CO蓄積の症状、心抽出量の減少)を発症させるものであるところ、前示のとおり患者は、被告医師の鎖骨下静脈穿刺手技終了後10分間の後にショック状態に陥っていることからすると、胸部の理学的所見並びにレントゲン撮影結果は存しない(鑑定の結果)けれども、被告医師の数回にわたる鎖骨下静脈穿刺手技によって患者に血胸が生じたものと認めるのが自然である。殊に、前示のように、右手技による最初の操作で血管が収縮し、それ以上繰り返すと、合併症発症率が高くなるのであるから、本件のように数回にあたる穿刺を行っている場合には合併症発症の可能性が極めて高いのである。

 2 前示のとおり、被告病院入院時において患者には高度の貧血、脱水状態(赤血球数193万個/mm、 ヘマトクリット15%、 ヘモグロビン濃度4.5g/dl、血中尿酸窒素30mg/dl、顔色不良、爪床・眼結膜蒼白、ふらつき、全身脱力感著明)が認められたのであり、この点、…によると、53kgの体重であった患者において、右貧血状態のもとでは、500cc程の出血があれば直ちに重篤なショック状態に陥ることが認められること、加えて、…によると、患者の右貧血状態では、 一般に不安・緊張・痛み等の精神的ストレスによる末梢血管の収縮及び拡大作用並びに酸素消費によってもショックを誘発しかねないこと、右ショック状態を予防するためには患者に対して輸血をし、かつ、酸素を与えることが必要であり、続いて末梢血管収縮剤を大量投与し、血管のPh値補正の目的でメイロン等を大量投与することによってショック状態に陥った以後でも救命の可能性があったことが認められる。

 3 これらの事実によれば、患者の死亡の機序としては、高度の貧血、脱水状態のもとでの被告医師の鎖骨下静脈穿刺手技による血胸及び精神的ストレスによって重篤なショック状態がもたらされ、その後の救命治療が効を奏することのないまま死亡するに至ったものと認めるのが相当である。

1 被告医師の責任

 被告医師は、医師として患者に対し、その身体状況を的確に把握して安定した段階で適切な治療を施すべき注意義務を負っていることは当然であるところ、前示のとおり、患者は被告病院入院当時高度の貧血、脱水状態で、被告医師は患者の高度の貧血、脱水状態を知っていたのであるから、医師として、患者に鎖骨下静脈穿刺手段に伴う血胸及び精神的ストレスを生じさせれば直ちに重篤なショック状態が発症することを容易に予見することができたものというべきである。したがって、このような場合、被告医師としては患者に対して鎖骨下静脈穿刺法を実施するにあたり、血胸を生じさせないよう注意して同手技を行うことはもちろん、患者の全身状態などから判断して過度の精神的ストレスを与えないよう穿刺回数及び時間に配慮すべき注意義務が課されていたものというべきである。更に、患者がショック状態に陥ったとき、またはこれを防止するためには輸血をし、酸素を与え、かつ、末梢血管収縮剤及びメイロンを大量に投与し延命をはかるべき注意義務がある。しかるに、被告医師は、漫然右注意義務を怠り、患者が来院した当日、患者の右状態の改善をはかることなく、右穿刺による輸液方法を実施しようとし、午後1時20分ころから同35分までの十数分間にわたり、鎖骨下付近から三、四回、鎖骨上から二、三回程度穿刺針の刺入を行い、患者に痛み等の精神的ストレスを与えた上、血胸を生じさせ、ショック状態に陥らせ、なお、血管収縮剤及びメイロンの大量投与など適切な処置を怠り、死亡させた過失がある。したがって、被告医師の右行為は不法行為たるを免れず、原告らの損害を賠償すべき責任がある。」


 本件判決は、前記判断をするに際し、 中心静脈栄養法及び鎖骨下静脈穿刺法について、次のような医学的知見を前提にした。

 (1) 中心静脈栄養法(高カロリー栄養法)とは、外傷、消化管出血その他の原因でカロリー喪失が顕著で栄養の経口摂取が不可能あるいは不都合な患者に対し、上大静脈内に留置したカテーテルを通じて高濃度栄養液(高張グルコース、アミノ酸等)を持続点滴することで患者の栄養状態の改善を図る方法をいう。

 右栄養法を実施するにあたっては患者の病歴を十分に聴取し、また、全身状態を確実に把握しておくことが必要であり、貧血、脱水症などがある場合はこれを改善してから実施することが望ましい。

 上大静脈へのカテーテル挿入の経路として大腿静脈、肘静脈、頭静脈、内頚静脈、鎖骨下静脈等が使われるが、血管結紮のないこと、中心静脈までの距離が短いことが望ましいことから鎖骨下静脈及び内頚静脈からカテーテルを挿入する法が広く行われている。カテーテルの留置施行を行う手技としては経皮的直接穿刺法(鎖骨下静脈あるいは内頚静脈に直接穿刺針を刺入して、これを通じてカテーテルを挿入留置するもの。)と皮膚切開法があり、このうち、鎖骨下静脈に直接穿刺針を刺入してカテーテルを挿入留置する手技を鎖骨下静脈穿刺法という。

 (2) 鎖骨下静脈穿刺法は、患者を軽い骨盤高位仰臥位(Trendelenburg体位)に保ち、局所麻酔を施した後、注射筒を接続した針で鎖骨の中間点辺りを刺入して、穿刺針を進めながら鎖骨下静脈の位置を確認する。血液の逆流を認めたところが鎖骨下静脈であるから、血液が抵抗なく逆流する位置を見出したら、穿刺針を固定し、注射筒を外し素早くカテーテルを挿入する。穿刺針を抜去して、カテーテルの先端を上大静脈の中間点まで挿入した後に皮膚に固定する。

 (3) 鎖骨下静脈穿刺法の合併症としては、気胸(穿刺針で肺を損傷することによって胸膜腔に空気が貯溜し、肺を圧迫して呼吸困難等の症状を発症させる疾患)、血胸(鎖骨下静脈を穿刺することで胸膜腔内に血液が貯溜し、出血に伴う症状《ショック》、肺心臓の圧迫に伴う心肺機能不全の症状《呼吸困難、チアノーゼ、O欠乏、CO蓄積の症状、心拍出量の減少》を発症させる疾患)等がある。

 (4) 鎖骨下静脈は、1.5ないし2.5cm口径の大静脈であり、解剖学的な位置異常はほとんどなく、鎖骨と第一肋骨の間に固定されていることから、胸骨の中点より2,3cm下から胸骨の中央に向けて、鎖骨と第一肋骨の間を目掛けて穿刺すると95%の確率で鎖骨下静脈に到達し、合併症である気胸の発生率は2,3%、血胸の発生率は0.5ないし2%程度である。しかし、患者が死亡する例は稀であり、殊に適切な救命措置がなされておれば死亡することはない。患者によっては鎖骨下静脈の位置がずれている場合があること、患者に脱水症状がある場合は静脈が細くなっていることがあること、鎖骨下静脈穿刺法は見えない鎖骨下静脈を穿刺針で探りながら穿刺するものであるから施術者の解剖学的知識、熟練度等よりその成功率が左右されることはもちろん、熟練者が充分に注意しても必ず防止できるものではない。鎖骨下静脈穿刺の手技に当たっては、鎖骨下静脈の血管の走行の変化及び閉塞の有無の確認をすることの他、高度の脱水がある場合は末梢静脈からの点滴等により脱水補正に努め、二、三回目の穿刺で静脈を確認できない、あるいはカテーテル留置に成功しない場合は、術者を代わる、反対側で試みる、皮膚切開法に変更することを考慮すべきである。殊に、最初の操作で血管は収縮し、極めて小さな目標になり、二回以上繰り返すと穿刺に伴う合併症の発症率は高くなるから、鎖骨下静脈穿刺手技を何度も繰り返すことは避けるべきである。