(司会)財団法人癌研究会有明病院メディカルディレクター・名誉院長の武藤徹一郎先生より、「癌医療の現状と将来の展望」についてのご講演を頂きたいと思います。武藤先生のプロフィールにつきましては、お配りしました講演者のプロフィールをご覧頂きたいと思います。それでは武藤先生、よろしくお願いします。
(武藤)ご紹介頂きました武藤でございます。今日はこのような機会を与えて頂きまして、大変ありがたく思っております。ここに立ってみてすごい面々の方々、特に医学系の方々がいらっしゃいますのでちょっとびびっております。実はどういう会だかよく知らなかっのですが、猿田先生は昔からのテニス仲間で非常に敬愛する先生なので、頼むと言われてはいと気軽に引き受けたんでして、ちょっとスライドを選び間違えたかなと内心びくびくしております。私は消化器、特に大腸癌が専門なものですから、いろいろな資料は消化器を中心にしてお話ししたいと思います。ちなみにこの後ろにある背景ですが、これはハッブル望遠鏡で撮った今の宇宙のはずれの写真です。この点点は星ではなくて、全部銀河、ギャラクシーであります。ここだけでも何万個とあるそうで、これは天空の一角を撮っただけなんですが、なんとこれが137億光年彼方にあるんですね。これが光速に近いスピードで膨張しているということがわかったという画期的な写真なんだそうであります。今膨張しているわけですから、ずっと元をたどれば1点に集中するということで、ビッグバン・セオリーというのが出てきたわけです。話が退屈だったらこの背景の写真をご覧下さい。
さて、本題に入ります。普通、癌といいますと臓器別に胃癌とか大腸癌とかいいますね。これは縦割りの考え方で、これを横断的に見ますと3つに分けられます。
1番めは、誰でも治せる比較的優しい癌、ステージ0,1に属する癌で、いずれも検診が非常に重要です。
2番めは、ステージ2,3の癌でこれは腕の良い医者にかかるか、あるいは良い設備があるかによって成績に差が出るグループです。
一番重要なのは3番めのステージ4の癌です。現代医療では治せない癌でして、私どもは難治癌と呼んでおります。高度進行癌、膵がん、肺がんなどが含まれます。専門家が必要で、特に化学療法、放射線治療の専門家が必要です。最終的には緩和ケアが必要になります。この方々が33万人、去年(平成21年)は34万人を突破しています。毎年6千人くらい増えています。この33万人がいったいどういう扱いを受けているかと考えてみますと、まことにお寒いというのが実は今の日本の癌医療の現状だと思います。これから順番に説明していきますが、特に最後の難治癌についてポイントを置いてお話ししたいと思います。
第一のグループ、ステージ0,1の癌は、診断ができればいろいろな治療法があります。内視鏡検査、内視鏡治療が著しく進歩して、外科がずいぶん関与する部分が少なくなりました。それから最近は腹腔鏡手術とか、腹腔鏡と内視鏡両方を使った手術などが進歩しております。昔はお腹を切ったのですが、切らなくても良くなりました。診断も非常に進歩しまして、色素をかけたり、染色したりすると詳しくわかり、血管だけをみることによってステージがわかるとか、内視鏡界は非常に活躍しております。こういう扁平な病変は普通の内視鏡で見ても気がつかないとわかりませんが、あれおかしいなと思って色素をかけると、さらに詳しくわかりますね。そしてこれを焼きとって、摘除端をクリップでとめるということで、昔外科医がやっていた仕事を全部内視鏡医がやってくれています。へこんだ病変をこんな具合に、これはESDといいますが、メスを使ってとるんですね。穴があいても平気なんです。クリップでとめますので開腹の必要はありません。最近さらに内視鏡で顕微鏡と同じように400倍くらいに拡大できるようになりました。正常、それからいろいろな病変、粘膜内癌、完全な癌が見ただけで診断出来るようになりました。さらにこのVOISという新しい方法では、蛍光をあてて深部構造が分かります。この方法で癌の深達度が分かります。
外科の方もずいぶん進歩しておりまして、ただ切れば良いというものではなくて、低侵襲の手術が選ばれます。腹腔鏡手術がその例で大腸では50〜60%に行われるようになりました。このようにやっているときはなんだかおどろおどろしくて、すごい機械がたくさん入っておりますが、テレビを見ながら手術をして、終わったときに傷が小さくて実にきれいです。後の痛みが少なく、早く退院できる。いろいろなメリットがありまして、今胃の方でもこの治療が行われるようになっています。今は患者さんが選ぶようになり、おたくではできますかと聞かれて、できないと言ったらよそへ行ってしまう。
次がステージ2,3ですね。これは技術や機械の有無で治療成績に差が出るところです。例えばPET-CTがあるかないかで診断能力も違ってきますし、放射線治療についても同じようなことが言えます。外来での化学療法を例にあげますと、癌研には60床の治療用の椅子があり、だいたい1日に130人くらい外来治療をやっています。月に2,500人くらいですが、場合によっては大学病院の1年分以上にあたると思います。そして化学療法は大変進んでまいりまして、昔は6ヶ月位しか延命効果がなかったのが、今はいろいろな薬を使いますと大腸癌の再発で3年近く生きるようになりました。しかし、お金がかかることが問題でありまして、どこまで保険でカバー出来るかをどこかで議論しなくてはいけないと思います。
放射線治療も非常に進歩して、昔のように広範囲にかけるのではなくて、腫瘍の大きさ、形に応じて放射線をかける。IMRT(強度変調照射療法)というのがその英名でありますが、それが普及しつつあります。それから、呼吸の移動にあわせて照射するという呼吸同調照射というのがあり、周りに余計な照射をしないということで、非常に優れた方法であります。その機械がなければ治療できない、それから照射プランを計算してくれる医学物理士がいないとできません。実は日本は医学物理士が非常に少ないです。後でデータを見せますが、機械があっても使われていない、宝の持ち腐れということが起こっています。IMRTで前立腺にかけると、直腸にもかかってしまい、副作用として放射線照射性直腸炎が起こると非常にやっかいで、これは治す方法がございません。ひどい場合には直腸をとらないといけないということがあるのですが、強度変調照射ですとこのように形に応じて照射ができます。この機械が日本でやっと2桁になったくらいでしょうか。まだ数は少ないですが、それを使いこなしているところは極めて少ないのです。肺の照射では、手術をしないで治すこともできるようになってきています。
放射線治療というのは日本では普及が遅れております。いろいろな機械がありまして、癌研には全部フルセットで揃っていますが、アイディアは日本から出ているけれども機械は全部外国製というのが実状です。そこら辺の政策が日本は非常にまずいということが指摘されると思います。このように放射線治療の割合が日本では非常に少ないですね。これは1つには、そういうことを医者が知らないということです。学生時代にそういう教育を受けていない。我々が学生の頃は、とにかく放射線科というと、治療部門も診断部門も全部一緒で分かれていませんでした。主力は診断部門、特に日本の場合は胃癌の早期診断に全員力を注いでいました。一方の放射線治療の部門は機器もなく効果も少なかったので、一生懸命やる人は少なかったということです。その結果、放射線治療医が圧倒的に足りないですね。放射線治療医は中国、韓国並みですね。
それから、技師の数は一応いるけれども、欧米とくらべてはずっと少ないです。なんといっても医学物理士、これがこんな数しかいないということが最大のネックでありまして、化学療法の場合は、例えば外科医だとか外科系の人たちが自分のところで代わりにやるということはできますが、放射線治療だけは代わりがききませんね。ということで、これが一番緊急の問題であります。治療施設だけは結構たくさんありますね。欧米よりも多いです。英国なんかよりもはるかに多い。では何が起こっているかというと、宝の持ち腐れということなんですね。立派な機械を持っているけれどもそれを使いこなしていないということで、そこら辺の全体の統制が日本は実にあいまいでありまして、フリーアクセスが良い面もあるのでしょうけれども、強いて言えば患者一人あたりの機器の数は世界一多いです。PET-CTもそうでありますが十分に使いこなされず無駄が多いのです。そのうちに重粒子線治療でも同じようなことが起きるでしょう。変な規制はいけないけれども、無制限にOKということは誠に無駄なことが多いということの一端でございます。
さて、一番重要なのでステージ4ですね。これは薬物療法、放射線診断、あるいは放射線治療、それから後は免疫療法、緩和ケアといくわけでありますが、ここをちゃんと受け持つ場所が実は日本ではシステムとしてないかあるいは少ないんですね。今度、癌対策基本法ができ、癌拠点病院が指定されて、全国でネットワークを作ろうとしています。そのアイディアは大変結構なのですが、実際にはまだまだ十分には稼動しいていないということでございます。いろいろな新しい治療法が出てきて、特に分子標的治療など大変高い薬が続々と出てきています。そして、アメリカでは約800種類のこういう新しい薬が今治験にのるかその直前の段階にあります。こういう高い薬がどんどん出てきて、そして患者さんからの要望はますますふえる、免疫療法もこれから5年くらいの間にだいぶ進歩すると思いますが、どの様に使うかを野放しにせずコントロールすることが非常に重要かと思います。
それから重粒子線療法ですね。今全国で7つ動いていますかね。新しい計画が続々と出ていて、手を挙げてやりたいという数を数えると20か30あるそうで、こんな小さい国にそんなにたくさんいるはずはないのですが、これはまったくコントロールできていません。これは年間だいたい最大で1200人くらいの治療ができる、その程度でありますから、日本の人口と適応のある癌の患者さんの需要を考えれば、過当競争になるのは目に見えているわけです。少なくとも100億円を超えるお金が必要なので、それを投資すれば資本主義ですからそれを取り返さないといけないわけで、そうすると無駄な適応を外れたような治療をやることが起こるに決まっております。そこら辺を誰がどのようにしてコントロールするか、今のところアンコントローラブルでありますので、大きな問題ですね。このように千葉の放医研からやっと最近になってデータが出てくるようになりました。特に、前立腺、肺癌、頭頸部の癌に大いに使われているようであります。こういう新しい医療が第3群の患者さんに活躍するわけですが、活躍するといっても適応のある例はそんなに多くないわけで、患者さん達が本当に安心して納得いく医療を、最後に受けられるかどうかというのが実は大きな問題なのです。
それから、緩和ケア、これはだいぶ認識が変わってまいりました。昔、我々が教わった時は、いろいろな治療をやって、全て効かなくなった時に、あなたはもう緩和ケアへという感覚でした。患者さん、および家族が緩和ケアを受けるのをいやがっていました。最近はより早期から、癌の治療が始まったときから緩和ケアがあるのだという考え方で対応するようになってきています。ただ、これはあくまでも理念的にそうなんですが、実際にはまだまだそこまでいっていないというのが現状でありまして、ペインコントロールだけではなくて、いろいろな痛み、精神的な痛み、経済的な痛み、そういうことを対処するのが緩和ケアの大きな仕事であります。問題なのはケースワーカーとか、臨床心理士とかの人たちが入って患者さんの家族に対応するというのが非常に重要なのですが、そういう医療といいますか、医療行為の間を支える部分ですね、そういう活動に対する診療報酬がついていないんですね。そういう職種がない、認められていないということで、そういう人を雇うことがなかなか難しい、自分の持ち出しでないとできないということであります。イギリスなんかではそういうシステムはちゃんとできています。アメリカもそれはできています。日本はメインストリートはちゃんとしていますが、その間を埋めるネットワークが大変遅れています。極めて遅れているということを認識することが重要なので、ぜひ厚生労働省の医系技官の人にそういうところを視察してもらって、足りないものをぜひ取り入れて頂きたいと思いますね。
オピオイドの消費量の差からみて、日本はとにかく使わない、痛みを我慢させるということになるわけであります。私たちが教育を受けた頃は、とにかくオピオイドは最後まで使うな、まず患者に我慢させろと、非麻薬性鎮痛薬が効かなくなったらオピオイドを使えという教育を受けていました。次の世代になったら違うでしょうけれども、そういう教育を受けた人が次を教育するわけですから、内容はしれているわけですね。
さて、この様な状況の中で、お国は何を考えているかと申しますと、ご存じのように、厚生労働省と文部科学省がそれぞれ考えておりまして、厚生労働省はいろいろな意味で早くから対癌の計画を立てていて、対癌10カ年計画が昭和59年から始まって、今3期目に入っていますね。そして癌対策推進本部ができて、そして非常に迅速に平成17年から物事が動きました。これは民主党の山本議員と、癌患者の会がかなり強力な圧力になったと思いますが、いずれにしろこの法律が非常に速やかにできたことは、すばらしい画期的なことだったと思います。基本的政策としての検診、拠点病院の推進、その他、いずれももっともな話であって、極めてまっとうな政策であります。これが全部できれば日本は全然癌に対して心配ないかというと、そうではない。実は第3群の難治癌の方々はおそらく減らないと思います。そういう方たちが納得した医療を受けて、天国へ行けるか、西方浄土へ行けるかということが問題なんであり、この基本法ができてだいぶ近くなったように感じます。うまくできればですね。
これは釈迦に説法かもしれませんが、非常に特異な状況下でできた法律で、とにかく医師や患者さんが入っている、メディアも入っている、看護協会も入っているということが特徴であり、患者さんと患者会が参加してできた法律、法案なんです。とにかく予防、早期発見、それから医療水準の均てん化、そして研究の推進ということが基本になっていて、癌の死亡率を減少させ、すべての患者さんがQOLを高めた状態で治療を受けられるようにする。それを支えるのが緩和ケアと放射線治療、化学療法です。今までこの領域はあまり重視されていなかったのです。今までは癌の治療といったら外科医が一人舞台で、オレが治すんだというような世界でありましたけれども、そうではないんだということがはじめて取り入れられているわけです。それを支えるのが癌の登録であり、早期発見、癌の予防です。癌の予防はもう禁煙しかないわけでありまして、こういうことがきちんと記載されたということで、大変すばらしい法律であります。そして癌センターを中心にして癌拠点病院にネットワークを作る。実はこの癌拠点病院だけでは全部はとても診きれません。今350いくつになったでしょうか。それで亡くなる方が33万人ですからね。とてもじゃないけど全員を診きれません。在宅で亡くなる方もいらっしゃいますが、いかにこの病診連携、病病連携を密にするかということが最大のポイントになります。しかし、この中にはそういうことはきちんと盛り込まれておりません。そういう連携に対して援助金を出そうということが、メルファックスに出ていましたが、まだ決まったわけではないので、本当かどうかわかりません。これは素晴らしい視点で、これがなければ絶対に癌拠点病院とのネットワークが成功しないですね。なぜかというと、難治癌になった患者さんを引き取ると病院としては赤字になるのです。赤字覚悟でやらなければならないということで、それに対する何らかの診療報酬を付けないと、熱心にやってはくれないでしょうから、ぜひこれは助成して頂きたいと思います。
ある専門家が指摘したことをお目にかけたいと思いますが、韓国でもやはり癌患者法というのはあるんですね。経費を誰が払うかということがちゃんと書いてあります。そしてどういう歩合で経費を負担するかということもちゃんと書いてあります。それに比べると日本のは分かりにくい、癌検診については実質的な規定がないとか、費用負担もはっきりしないとか、専門家が読み解くといろいろと問題点が指摘されておりました。2年経ちましたが、検診についてはあまり成果があがっていないというのが現状のようです。
それから、一方、文部科学省も負けてはならじと癌プロフェッショナル養成プランというのを出してきました。この中では、医学部の大学院の中の希望する人たちだけに必要な癌専門の知識を教えて、癌専門医の認定をする。あるいは、これはパラメディカルの人たちにも同じような形で教育をして資格を与える。それからすでに医者になった人で癌の専門家になりたい人にはそういう教育を与えます。5年間の限定で18施設を選んで毎年補助金を1億円出すので教育システムを作りなさいというわけです。1つの大学では絶対に十分な教育はできないとわかっているので、いくつかの医療施設、大学が集まってチームを作ってプログラムを造りなさいということで、こんな形で採用採択要件が決まりました。癌センターの設立が要請されていますが、癌センターを作ったとはいっても、実際には全部兼任で、癌センターという名前を作っただけというのが大多数の大学の実態であります。
それから、キャンサーボード、この言葉は、実は癌研が2000年(平成12年)頃でしょうか、そういう組織を作りました。キャンサーボードの話を文部科学省のお役人、局長、あるいは担当の課長の方が来られたときに、とくとくと説明したら名前とアイディアだけ持っていかれたんですね。それが日本中に広まるのは結構なことですが、これは癌研オリジナルの言葉で、外国にはありますが、黙って持っていかれた感じです。うちが一番教育の施設・能力はあるし、キャパシティもあるから教育施設として手を挙げさせてくれといったら、あなたのところは大学所属ではないからだめということで、全然プラスにはなりませんでした。良いところだけ持っていかれたような気がしますけどね。キャンサーボードはいろいろなところでできてはいますが、我々のところでやっているほどしっかりしたものではないと思っております。全国でこういうふうに18カ所、いろいろなグループが集まりましてできておりまして、九州などはオール九州だとかいって九州中の医学部が全部集まっています。だから、予算の中の60%以上が交通費なんですよね。ただ、日本人は真面目で、すでに外部評価の申請などをしているところもございまして、それなりに一生懸命努力はしていますね。実際に内容はまだまだお粗末なものでありますが、5年経つとずいぶん変わってくるに違いないと私は非常に期待しております。
こういう癌医療については、手前味噌になりますが癌研では、法律ができる前からすでにスタートして、それなりの実績を上げているわけでして、何が必要かということをここでちょっと我々の経験を通じてお話ししたいと思います。新しい病院に移るということが決まったときに、ただ移って病院の建物が新しくなるだけではなくて、内容を改めようと決意していろいろと決めました。癌研というのは癌の分野では名のある病院でありますけれども、中に入ってみるとそれぞれ名人気質の専門家がおりまして、それがそれぞれ独立して動いていて、全体としての組織が全然できていないというのが実態でございました。これはいかんと、大学よりも遙かにその点では縦割り社会といいますか、個室社会でありまして、それを打破しようということで組織をつくろうと努力したのです。
まず新しいコンセプトを作る、それから診療体制を臓器別のチーム医療にする、それからキャンサーボードを作り、テューマーボードを作り、それで研究体制をしっかり作るということも追加しました。これはいろいろな企業ではあることですが、mission, core value.visionという、具体的にはMDアンダーソン(癌センター)を見に行ったときにこれがあるのを知りまして、非常に良くできていますのでそれを作ろうと決意しました。これは院内に各部署、34部門ありましたけれども、各部門ごとにこの3つmission, core value. visionを考えろということで、それを発表する大会を2日にわたってやりまして、持ち時間5分で、それを全部まとめて最終的に委員会で決めたのがこれであります。いずれも短くて、覚えやすくて、英語に直しやすいというのが選んだ基本的な基準であります。創造、高質、親切、協調というもので、高質というのはハイクオリティの意味で、広辞苑にない造語ですが、こういう4つの言葉をコアバリューとしてみんなで努力しようということに決めたわけです。コンセプトは高度先進医療で、これは前からやっていることでありますが、一番ポイントを置いたのはこの難治癌への挑戦で、先ほど言いました難治癌の人たちに積極的に挑戦していこうということを決めてやってまいりました。難治癌、臓器別の治療ですね、それから癌総合治療部門ということで、化学療法、放射線治療、免疫療法は横断的に捉えて、各専門医チームとクロスするような形でそれぞれの患者さんの治療方針を決めていこうということであります。難治癌への挑戦というのを1つの大きな目標にしたんですね。私どもは例えば消化器センターは、内科と外科は外来も病棟も全部一緒に動かす、レディースセンターは乳腺科と婦人科を一緒のコーナーで診るということです。臓器別の専門家と総合診療部門の専門家が協力して、特に難しいケースだけ治療方針を検討します。決して1人の医者だけが勝手に独断で治療方針を決めないというのが鉄則であります。これは今も全科できちんとやっております。その方がいいということがよくわかってくれたんだと思います。
この組織を支える一番重要なのがこのテューマー(Tumor)ボードの組織です。キャンサーボードは各科にございまして、各科がそれぞれ必要に応じて開いて検討しておりますが、テューマーボードは何かといいますと、例えば各科で治験を行うとか、新しい医療機械を導入するとか、あるいは新しい実験的な研究をするとか、そういうときにまずキャンサーボードで科の合意をとって、それでOKということになればプロトコールをテューマーボードに出します。テューマーボードはそれを受理してSRB(科学的検証委員会)とIRB(治験審査委員会)でそれぞれ科学的な問題、倫理的な問題が検討されて、それがパスすれば病院長に報告され、病院長からテューマーボードにそれがおろされる。要するに病院としてこの医療、あるいはこの治験を認可するという組織になっています。これは、日本のあらゆる病院でやられなければならないものだと思います。大学病院などは特に病院長のもとに各科が何をやっているかというのがほとんど知らされません。そして、何か問題が起きたときだけごめんなさいと頭を下げなければならないという、そんな馬鹿な話はないわけでありまして、これは効果的に機能しているので、ぜひ正しい姿で各医療機関で活用して頂きたい。各専門科の主治医が考えるよりもキャンサーボードで決まった方が重視されるということになっています。セカンドオピニオンを受けた場合、非常に難しいケースがありますね。手術をするべきか、何もしないか、あるいは化学療法と放射線をやるかというようなことでセカンドオピニオンを受けることが多いのですが、それをキャンサーボードにかけて自分では意見をある程度書いて、キャンサーボードでこういう意見でしたよということを患者さんに報告すると非常に満足されますね。病院でそれだけ考えてくれているんだと、そのこと自体を満足してくれて、医療の結果がどうこうというのは問われません。これは非常に重要なことではないかというふうに思います。アメリカでもイギリスでもこれは義務化されていまして、イギリスなどは全例やらないといけないということで大変だと言っていました。とにかくそれで全員が目を通して物事を決めていく、これが非常に重要なことで、日本の医学教育の中でそれがもっとも欠けていた部分の1つではないかと私は思います。
キャンサーボードを行うには電子カルテが有用であります。実際に調べてみると、各科各様にキャンサーボードを開いています。最近はこの領域の中に臨床研究センターというのを加えました。臨床研究センターに、プロジェクト研究を集めて研究を集合的に行う。個々の人の研究成果はたかがしれています。私の経験からみても、特に外科系の場合には個人研究の成果はたかがしれているので、プロジェクトとして研究をすることが重要だと考えて、こういう組織を新しく作ったわけです。
先ほど申しました難治癌ですが、これもただ受けているだけでは能がないので、難治癌プロジェクトというのを立ち上げました。プロジェクト研究の下にデータを解析し成果をまとめて、世の中に報告するということを考えておりまして、いくつかのプロジェクトがあります。実際にはこれだけスタートしたのでありますが、実際に一番動いているのは骨転移プロジェクトと原発不明癌ですね。原発不明癌というのは癌を扱っている方はご存じと思いますが、とにかく頸部などにしこりができて、調べてみたら癌である、しかし原発がわからない。わからないとどう治療して良いかわからない。もたもたしているうちに患者さんは亡くなります。いずれこの原発不明癌の方は亡くなるのですが、早く治療してあげることによって、本人も患者さんの家族も一応納得されますね。この納得するというのが非常に重要なことで、実際に原発の診断が70%は可能でありました。最終的には骨転移がきて、脳転移がきて亡くなるというのが多いのでありますが、だいたい元の臓器の頻度がわかってきています。骨転移した骨頭を置換することによって歩けるようになったりもします。いくつかのポジティブなデータがありますので、結果をまとめて世に問うていくようにしています。
理想に燃えて始めたのですが、癌研で原発不明癌をやっているということになると、よその病院からほいほい送られて来るんですね。今その原発不明癌のチーフが疲れてしまって、辞めたいと言われています。なかなかこれは理論と実際とはうまくいかないなということで、やはり病病連携をもっと密にして、チームでやっていかないと、とても癌研だけががんばってもできる問題ではないですね。正直言って、癌センターはこういう患者さんは全部お払い箱ですからね。若い医師に「はい、あなた終わりですからどこかへ行って下さい」と宣告された患者さんが癌研に来て助けてくれということが少なくないのですが、癌センターはそういう点では大変冷たいですね。しかし、うちもだんだん冷たくなって、そのうちに癌センターみたいになるぞと警告はしているのですが、理想を掲げても、理想通りにはなかなかうまくいかないというので今悩んでいます。
医療支援センターは患者さん、あるいは医者のいろいろな意味での困った問題に対応してくれる組織になっていまして、これは作って大変良かった組織であります。この中に面白い男が1人おりまして、この癌れんけい君という冊子を作ったんですね。これは何かといいますと、今電子カルテに入っていますが、各地域ごとに医療機関が全部リストアップされているんですね。東京都は全部のっています。これを全国に広げようと思っているのですが、どういう施設があるかというデータが全部書かれています。外来で患者さんにどこか病院を紹介する場合に利用されます。患者さんが大田区の人だったら大田区を見れば医療機関名がずらーっと出ているわけですね。近いところが良いなら近いところとか、個人的に好みがあるとかいろいろとありますから、そこに電話をかけて紹介するということで、そこがちゃんと受けてくれたかどうかというのをこちらでもモニターして、いずれ今年(平成22年)中に医療機関のモニターを行い○×をつけると、こういう病病連携というのはこういう努力をしないととてもできません。全国の癌拠点病院でこういうのを作ることが必要なんですね。
それから緩和ケアは今まで日本に欠けていた部分であります。うちは幸いお金を特別に頂いて、アメニティの良い緩和ケア病棟がございます。このような特別なスペースがあって、いろいろなボランティアの人々が出入りしてくれたり、屋上の海側には屋外スペースがあって、患者さん憩いのスペースになっています。国立がんセンターとそれに付随するがん対策情報センターが癌医療の中心になります。これは非常に機能が良く、まずここにアクセスするとどうすれば良いかというのがかなりよくわかります。ここが中心となって、それから全がん協(全国がんセンター協議会)、癌拠点病院がそれを支え、そして病病連携、病診連携が周りにあって、それに文部科学省と厚生労働省のサポートがある。これも文部科学省だから大学病院だけ、あるいは厚生労働省だから国立がんセンターだけというような縦割り的なことをやらないで、やはり協力してやるということが癌難民を救う唯一の道ですよね。全体がこう動いてはじめて癌の医療がうまくいくようになるのではないかと、私は個人的には考えています。
実はあるとき癌拠点病院の院長さんが、「癌拠点病院になったけど何をしていいんだかよくわからないんだよ。」なんて言われたことがありました。先ほど言ったように難治癌の人をしっかり、あるパーセンテージ引き受けることが非常に重要であって、使命感と覚悟が必要だと思います。覚悟というのはやはりそれが必要だということを自覚して、今は持ち出しであってもそれをきちんとやるということ、これが社会に対する1つの使命ですよね。やはり、それを見て厚生労働省の方でお金をあげましょうという話になる。これはかわいそうだということを認識するにはやはり現場をもうちょっと見て頂きたいですね。人はまずお金をくれればやるというんですよね。私はそれは反対だと思いますね。お金をくれても今の覚悟のままだったら絶対にできません。まず覚悟がなければできないんです。そういう心構えが非常に重要だということです。
それから医師、特に外科医がキーマンと書きましたが、これは特に外科医が偉いということではない。癌の患者さんは大部分が外科医が診ているわけで手術後も患者さんを診ています。私の先生、私の患者という感じがずっとありますが、実はこれはある程度改革しなくてはいけないのです。そういうことで外科医が術後も診ていることが多いので、外科医がそういう認識と、自覚を持って、難治癌の患者さんをどうすれば良いか、病院としてどうすれば良いかというようなリーダーシップを発揮してもらいたいです。なんといっても院長がそういうことをやるかどうか腹をくくって決めることですね。それはやはり院長のリーダーシップが必要であって、自分の経験からそれが一番重要なことだと思っています。
癌研では研究所もありますし、病院もありますし、その間に化学療法センター、ゲノムセンターもあって、協調関係がうまく働いていますが、実は全国的なレベルでいうと、なかなかこういうのがうまく働いていないというのが現状でございまして、様々なシーズ(種)はあっても、ものになるための途中が大変です。この段階でたいてい多くの研究はストップしてしまう、多くの研究者が悪戦苦闘しているのが現状でございまして、それをサポートしようということで健康医療開発機構というNPOがあります。なんとこれの立ち上げに旗を振ったのが、財務省の中井徳太郎という人なのです。私はその人に口説かれて、その志に刺激されて今はなんとこの理事長をやってるのです。この機構はnetwork of networksといって、日本中のいろいろなネットワークを束ねるネットを作って、そういう研究者たちをサポートしようということでありまして、サポートはしたいのですが、なんといってもお金がなくて精神的サポートしかできていないのです。実は日本の政府というのはなかなか大したもので、産業革新機構という株式会社が新しくできまして、これは前政権の時に民主党も賛成してできたのですが、これは研究と開発過程の3つの部門で財政的援助をしようということで、10年間限定の株式会社でありますが、ちょうど我々がサポートしようと考えている部分にも実際にお金を出そうとしています。もちろん申請書を出して、ちゃんと審査を通ってはじめて援助を受けられるのですが、そういういろいろな必要なことがそれなりに動いているということも事実でございます。
また、癌対策関係の予算も結構でています。これは資料としてちゃんとしたところから出されておりますので間違っていないでしょう。これが多いかどうか、十分かどうかわかりませんが、それなりにお金は出ているということでございます。とにかく癌の予防にこれっぽっちしか出ていないというのはどうかなと思いますし、それから、早期癌のため、早期診断ですか、これしか出ていないというのはどうかなと思いますが、それなりに3省から出てる。意外に経済産業省からもずいぶんお金が出ているということで、官庁はいろいろ批判ばかりされますが、それなりにみんなやっているわけですね。先ほど重粒子線治療のことで申しましたが、実はこれは個々の施設で取り入れるようなものではなく、とにかくお金もかかります。これを共同利用型にしたものを作ろうということでTeam NETというNPOを結成しました。今、川崎がその候補地になっています。個々の医療機関が、個々に競争するのではなくて、やはり共同利用するというような発想も必要ではないかと思います。日本人は、振り返ってみると今だに戦国時代の小さな土地を奪い合っているマインドが抜けていないんですね。
癌はなくせるかどうかということですが、癌を撲滅しようなんて言いますが、これは無理なんですね。癌になることは長寿の税金みたいなものです。長寿になったから癌になるので、今、癌が増えた増えたと言いますが、年齢調整をすると増えていないですね。減り始めています。天寿癌という考え方がございます、天寿癌というのは天寿になって亡くなったと思ったら実は癌があったということで、死因は癌だったけれども本人は癌と思っていなかった、周りも思っていなかったという具体的な体験から北川知行博士、彼は私の同級であり、癌研の研究所の名誉所長ですが、この人の掲げた1つの思想であります。癌を持ちながら天寿を全うすればそれが一番理想的であるということです。無駄な、副作用の多い化学療法を使わないで、もっとマイルドな方法で癌と共存するというような考え方も必要だということですね。
一般的には、癌があったらそれはもう治したい、治したいという気持ちは分かりますが難治癌のように、治らない段階に至った人が治したいといって無駄なお金を使うことになります。サプリメントなど代替療法があまりにも多くて、無駄が多いということを感じますね。ただ、これをどこで誰が議論するかということが実は非常に問題でありまして、どれだけお金を使えるかが実は10年以内に必ず大きな問題になりますね。これは誰もわかっているけれども言えない。お役人も言えないし、医者から言ったらとんでもないと言われる。ただ、イギリスなどではやはり医療費のパイが決まっていてそれをみんなで使うというコンセンサスがありますので、ある種の分子標的治療は一部の癌には保険で使用しないということを決断しております。いずれ日本でもそれが必要になってくる時代が来るのではないかと思います。もう1つはこの自由経済体制の中で医療というのは統制経済体制ですね。これが本当にいつまで続けられるかということです。かといって一部の政財界人が言うように、まったく自由診療、混合診療が許されるようになると、これは必ずアメリカのようにマイケル・ムーアが言っている『シッコ SICKO』の世界になりますね。経済というのは一度流れ出すととどめがきかなくなりますから、怖いです。
しかし、これは本当にまじめにディスカッションしなければいけない。やはりディスカッションするときに選ぶ委員が問題なんですね。それから、あと医療に対するバッシング、これは最近ちょっと減りました。あまりやったら自分たちが損だということがわかったのでちょっと減りましたが、この際、医療関係者側も、ただよくなったからといって喜んでいないで、やはり基本的な医療体制を見直す、特に大学病院も含め、教育、救急体制も含めて改革する必要が十分にあろうかと思います。医療崩壊が盛んに言われていますが、医療崩壊の真犯人は誰かというような単行本が出ています(PHP新書)。これは厚生労働省にいたことのある財務省の役人が書かれているので非常に信憑性がありますが、基本的にはやはり医療費の削減が第一であって、その他そういう状況を許したマスコミそしてその報道に躍らされた国民にも責任があると書かれていますが、私もそれは同感です。
大腸癌の化学療法の費用をお目にかけますが、1回でこれだけかかります。保険だとこの3割負担で、しかも高額医療負担の削除がありますから、もっと安く済みますが、1クール6回やれば、200万円以上かかります。それは全体の医療費から出されるわけですね。患者さんは1ヶ月後に亡くなるかもしれません。このお金の扱い方が本当に妥当かというのは難しい問題ですが、いずれ出てくる問題ですね。
さきほど言いましたが、当面は外科医がやはりがんばって化学療法をやらなければなりません。しかし、外科医は数が少ないのにこんなことをやっている暇があるかどうかわかりませんが、とにかく大学でも癌研でも痛感しましたが、各科のエゴというのは実にすさまじいもので、我々もお役所の縦割り状態を批判しますが、批判できる立場じゃないですね、医者は。それくらい各科のエゴがあるのが問題です。
そして先ほど言いました主治医制度からチーム医療制への変革、これが非常に重要であって、特に化学療法などの非常に複雑な危険の多い医療をするときなどは、やはりチーム医療で専門の人に渡さなければいけない。これから医療が変わってくるということであります。そういうことを患者さんに協力してもらい理解してもらわなければならない。今は患者さんの言い放題です。それは医療サイドにいろいろとミスがあるものですから言えたものではないのですが、これは非常に重要なことであって、医療関係者と患者と行政、これらがそれぞれに覚悟することが必要で、三者が一体となって医療を進めていく、そして納得のいく医療をやらないといけない。健康人にとってもいずれは我が身なんですよね、実際に私はいろいろなところでセカンドオピニオンを伺いますが、とにかく癌の末期になってしまってどこも引き受けてくれないという患者さんが多々おられます。そういう人たちが納得いく医療を受けるためにはどうすればいいかということは、本当に地域にまじめに考えるグループができていけば、ある程度解決すると思っています。なんといってもシステムを作らなければなりません。個人の力では対応し切れない。それとお金です。今みたいに医療費削減の状態ではできるはずがないということですね。そういうこともちゃんと日本学術会議で提言されているんですね。国民として考えること、そして政府・行政として考えること、それから医療者として考えること、それぞれ言われていることは、私が今申し上げた通りで当たり前のことでございます。
実は癌研が新しい病院に移るときに提案した1つのことばが提案されました。今までは“やりたいことをやっていたが、これからはやらねばならないことをやる” ということばです。今までやりたいことをやっていたわけです。早期癌を見つけるといって何10枚写真を撮ったり、標本を細かく切って調べたり、そういうやりたいことをやって何がわかったか、何が医療に還元されたか、貢献したか。振り返ってみますと努力の割には得たものが少ない。そんなことよりも、やらねばならないことをやるという使命感と覚悟が必要だということです。それがやはり医療人に欠けていた、それから行政にもちょっと欠けていたということであります。私は上杉鷹山の“為せば成る…”の言葉が好きでありまして、事実、何か為そうとすると必ず反対を言う人がいますが、やると決めてそれを何%まで到達できるかというのが問題なのであって、やると決めることが非常に重要なことではないかと思います。昔々の言葉でありますし、やや古くさいでありますが、歳相応に古くさくても許されるのではないかと思い、この言葉をもって最後にいたしたいと思います。
なお、お手元に癌研の宣伝パンフレットと診療のご案内を用意しましたので、ちょっとご覧になって頂きますと幸いです。それから癌研は財団法人で、まったく自力でやっておりますので、大変経営的には苦しいところがございまして、ぜひご寄付にご協力いただきたいということで、ご寄付の申し込み書ものせさせていただきました。個人で10万円寄付して頂けると、プレートに永久に名前を残させて頂くということになっていますので、よろしくお願いいたします。どうもご静聴ありがとうございました。
(司会)武藤先生、ありがとうございました。皆様には長時間にわたりご静聴いただきまして、大変ありがとうございました。これをもちまして、講演会を終わらせて頂きます。
(終了)
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