元パキスタン特命全権大使
久保田 穣 氏

 

T  国際政治を考える上で、まずその歴史を振返ってみると、そこには主役を演ずる人間の強さと優しさが交互に表れている。古代ギリシャ、ローマ時代から中世を経て、現代、21世紀の今日に至るまで人間集団の荒々しい力の行使と穏やかな協力の努力が絡み合って、連綿として国際政治の流れを形作っており、それが我々の今日の世界の国際協力に繋がっている。

(1) 実現主義の流れ

国際政治を動かす要素としての力の役割を重視する。権力、政治力、軍事力、経済力という国家の実力が物事を動かす。ギリシャの史家ツキジデスの戦史による実力行使の正当化の思想、マキアベリの権力政治、ホブスのリバイアサンは国際政治の一つの主流を成す現実主義の考え方を示すものとしてしばしば引用されてきている。

実際の外交の世界でも19世紀帝国主義の欧州列強の形成、大英帝国の繁栄、プロシアそしてドイツの興隆の主役を果たしたメッテルニッヒ、ビスマルクなどのリーダー達は、現実主義による勢力均衡政策を実施して一時代を画した。

この流れは、20世紀、第1次、第2次大戦、そして戦後冷戦下の米・ソ両極の東西陣営の対立の下、核兵器の力の均衡に繋がっていく。そして今日湾岸戦争から2001年9月11日のテロ災害に対し米国ではネオコンと呼ばれる政策集団により力を柱とする対外政策が主流となった。援助も戦後、今日に至るまで東西対立の中で自由、共産両陣営の力をつける目的が強かった。

(2) 理想主義の流れ

国際社会の平和の維持は軍事力のみを重視すべきではない。国際協力、協調をおろそかにしてはいけないというのが理想主義の立場である。思想的には観念哲学、特にカントが引用され、戦争を嫌い、コスモポリタンを目指すリベラルからマルキシズムの思想もこの流れに入る。現実主義が人間の悪を力によって倒すという見方に立つのに対し、理想主義は本来人間の性は善であるという立場をとる。
近代国際政治において勢力均衡の力による外交努力にも拘らず防ぐことの出来なかった第1次大戦後国際協調の流れが力を増し、米国ウィルソン大統領の平和原則、ヴェルサイユ条約を経て国際連盟の成立は協調を旨とする理想主義外交の一つの成果となった。今日、国連を中心として経済協力、文化協力を始めあらゆる国際協力の分野で多くの国際機関が活動しており、日本国内でも経済、技術、文化、亘って国際協力を目的とした政府機関、NGOの活動が行われている。

(3) 地球社会を意識した国際協力の流れ

現代21世紀の視点で国際政治を展望すれば、世界人類が国家、民族を越えて地球大の規模で広がる人間社会の中で対立と協調をくり拡げる世の中が見えてくる。急速な科学技術の進歩、軍事力の増大、経済発展と近代化により国家、政府の枠を越えた人類の動きが活発化し、それが国際政治に大きな影響を及ぼすであろう。

このような流れは、従来より存在する現実主義、理想主義に裏打ちされた国際関係の中で特に次のような動きに注目する必要がある。

宗教
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、そして仏教の間の協力。故パウロ2世の対イスラム対話努力。イスラム世界における政教分離。

文明
「文明の衝突」という言葉に表現される人間集団の対立、摩擦、協力の関係。

戦争
「テロとの闘い」。国家間の戦争では片付けることが出来ない問題。戦争の外部委託。民営化とも言える動き。

環境
国境を越えて、地球規模から宇宙規模に拡がる人類の生存に関わる問題。全人類の英知をかけた努力とそれに対する政府・企業の支援の流れ。

生活
世界から貧困を無くす努力。持続可能な経済成長を目指して国家、国際機関、NGO、企業、個人が参画し地球市民の感覚で努力する。


Uアジア、中東情勢の展望

(1) 現在世界は好むと好まざるとに拘わらず、イスラム社会とキリスト教・ユダヤ教、西欧社会が対立し過激化、暴力化して世界平和を脅かす情勢となっている。中東はイスラム発祥の地で世界紛争の中心であるが、他方日本の位置するアジアは世界中で最もイスラム人口が多い地域である。インドネシア、マレーシア、パキスタン、ウズベキスタンなど中央アジア諸国すべてイスラム多数社会である。アジアとは、何か。西はシリア、東は日本に至る広域で世界最大のイスラム文化、モスレム人口を抱える地域、その中で日本は例外的存在と云える。

(2) 近隣中国と朝鮮半島

天安門事件の回顧。経済成長による所得格差の増大と人民の不満。共産党独裁政権の内部権力闘争、そしてこれら課題を克服し安定成長を目指す。
北朝鮮の核実験が招いた核武装論議。インドとパキスタンの核対決と核抑止力。

(3) アフガニスタン

99年アフガニスタンのほぼ全土を抑圧したタリバン政権の閣僚との会談を回顧。欧州列強の覇権競争の的となったアフガニスタンとそれを取り巻く中央アジア、パキスタン、イランのイスラム諸国の戦略的地位。

日本を尊敬するアフガニスタン人とバーミヤンの大石仏の保護要請に対するタリバンの真摯な態度。イスラム過激派ゲリラによる日本人の人質に対するタリバンの協力的対応。最近、北大西洋条約機構(NATO)ではアフガニスタン紛争への関与が大きな課題となっている。東西冷戦終結後、ソ連に対するNATOの軍事役割が終結し新たな役割の模索と加盟国の拡大がNATOにとって重要なテーマとなっている。9・11のテロ攻撃後、米国ではオサマ・ビンラデンをかくまっていたアフガンのタリバンをミサイルで攻撃し、NATOも軍事介入を行った。NATO 26カ国中11カ国総勢32,000人軍隊がアフガンに派遣された。うち12,000人は米国軍人で、別に米軍独立指揮下の8,000人の米軍人も派遣されている。
アフガンはアジアの中央に位置する戦略的要衝である。歴史的に西欧列強、ロシアの勢力争いの舞台となってきた。1979年にソ連がアフガンに侵攻したが、アフガン兵士は米国CIAとパキスタンISIの協力を得て1989年にソ連軍を駆逐した。その後内戦が続き、1994年頃から多数民族のパシュトゥン人を母体とするタリバンがアフガン国民の支持を得て全土の9割を越える地域を制圧し安定がもたらされるかにみえた。しかし、9・11テロ攻撃の首謀者オサマ・ビンラデンとアルカイダ勢力をタリバンがかくまっているということで米国は軍事攻撃を行いタリバンの敵対勢力である北部少数民族の連合軍に加勢してタリバンを撃退した。タリバン政権崩壊後西欧諸国支援により成立したカイザル大統領の政権はアフガン国内の地方軍閥勢力、タリバンの復活もあって国内は依然不安定である。

(4) 中東問題

中東を巡る問題は、現在国際政治の上で最も優先順位が高い。イラク戦争に続く復興開発、イランの核疑惑、イスラエル・パレスチナを軸とする中東和平は現在中東問題の核心であるが、その背景には経済的には石油・エネルギー資源の獲得競争があり、政治的には広く西欧とイスラム社会の歴史的な対立の結節点として米国・イスラエル同盟とアラブ・パレスチナ勢力の争いがある。更にはそれがテロリズムとの闘いに繋がっている。
第1次大戦は英国、フランス勢力がドイツ、ソ連側を徹底的に叩く戦いであったが、同時に西欧による中東におけるオスマントルコの領土を分割する戦争でもあった。英国がイラク、パレスチナをフランスがシリア、レバノンを委託統治の名の下に植民地化した。その過程でイスラエルとアラブ諸国双方に対し独立と領土に関わる密約を交わし、それが後々までも紛争の種となった。第2次大戦後、米・ソ冷戦の下で中東は東西陣営の軍事、外交における勢力均衡の場となった。石油資源の確保、国際交通の要であるスエズ運河を睨みソ連はアラブ側に勢力を拡大し、これに対して米国はイスラエルを梃子にしてエジプト、ヨルダン等順次アラブ側を切崩し勢力の拡大を図った。
1991年のマドリード会議、93年のオスロー合意、2005年のシリアのレバノン撤兵は中東を震源とする世界のテロとの闘いに影響を与えるものであろう。米国は尚余勢をかってイラク及びイランの石油・ガス資源の獲得に向けて力の外交を進める方向にある。


V中東和平

(1) 国際政治への影響

21世紀の課題、米・ソ冷戦終結後、米国を標的とする国際テロの拡大の根本原因として中東全域を2分するイスラエルとアラブ世界の対立、パレスチナ問題を軸とするイスラエル・アラブ和平問題がある。米国が現代国際政治史において、2国間外交及び国連の場で取ってきた中東和平問題に対する公平でないイスラエルに偏った姿勢がイスラム過激派の攻撃の的。

19世紀の英、仏、露、欧州列強の中東支配の後を受け、米国の中東での対ソ連戦略、石油資源への排他的支配強化。

19、20世紀を通じ、ユダヤ勢力と欧州、米国との政治・軍事面での結びつきが進む。特に米国内政でユダヤロビーの強大化。

イスラム世界を覆う庶民、貧困層の無力感の広まり。アラブ富裕層、王制国家における過激イスラム活動の高まり。原理主義活動。

テロ問題−貧困層の救済(民主化と経済開発)−中東和平の公正な解決(イスラエル・アラブ間の公正な包括和平パレスチナ国家の独立、イスラエルの安全保障、イスラエルとアラブ諸国の正常な外交関係、経済関係の樹立、−これ等の目的を強大国即ち米国が武力で保障し、国際社会、国連が支援する。)

21世紀100年に及ぶ問題。資本主義経済体制を支える中東の石油権利を巡る外交、軍事摩擦の裏側に常に存在するユダヤ勢力とアラブ過激派問題。中央アジア、東南アジア、西アジアのイスラム勢力に連動(インドネシア、フィリピン、パキスタン、中国、中央アジア)。

(2) 西欧、ユダヤ、アラブの中東和平への関わり

第1次大戦、第2次大戦を通じ、英、仏、米は中東の勢力圏の拡大と確保、石油権益の拡張のためユダヤ勢力を利用。ユダヤ側もロスチャイルド家を中心にユダヤ人国家の建設(シオニズム)と欧・米の政治・経済権力構造に浸透を図った。
他方、英、仏、米はアラブ側も利用し、トルコ、ロシア(ソ連)勢力に対抗、駆逐を図った。

第1次大戦下、1915年英のマクマホン在エジプト大使がメッカの太守フセイン(フセイン・ヨルダン国王の曽祖父で後にイラク国王)宛に東部アラブ地域で広くアラブ独立国

建設支持を約す。これは当時オスマン・トルコの支配に対しこれを駆逐目的(アラビアのローレンスが関与、活躍、1918年ダマス占領。フセインの3男のファイサルがシリア国王宣言、仏が1920年シリア委任統治ファイサル追放)。
他方、英、仏間では、1916年仏の駐シリア・ピコ総領事と英外務省のサイクス中東代表との間で秘密条約。オスマン・トルコ領域の分割、仏がレバノン、シリア、イラクのモスール周辺、英がパレスチナ、ヨルダン、イラク南部。(これに先立ってロシアも加えてトルコ3分割も話し合った。前記マクマホン書簡と反する)。

1917年には、英のバルフォア外相がユダヤのウオルター・ロスチャイルドとの間で書簡を交換、サイクス・ピコ条約を基にして、パレスチナにユダヤ人の国家建設を約束、「バルフォア宣言」。

国際連盟により英は、パレスチナの委任統治領となる。英の施政下、1917年5万人だったユダヤ人は移住増加、7年後15万人、48年の建国時には65万人に増加。パレスチナ人とユダヤ人の対立激化。

英はイラクのモスール油田支配、1934年モスール−シリア(トリポリ)石油パイプライン敷設、1935年ハイファ延長(パレスチナ)。米(ロックフェラー財閥)は英に対抗。この間、英はパレスチナ、ユダヤ双方配慮政策とる、ユダヤが反発強める。ユダヤロビーの米国内政影響力増大。1947年英は国連にパレスチナ問題の解決委ねて撤退。米の本格登場。米・ソ冷戦下の対立時代。
1947年国連総会「パレスチナ分割協議」採択(米・ソが支持)し、ユダヤ人国家の建設認む。この後国連安保理のイスラエル非難決議(多数)をすべて米国は反対、拒否権。
在米ユダヤ人社会はイスラエルに資金援助拡大。この頃マーシャルプランで欧州復興時期、対イ関心薄い。(この間1943年にサウジのサウド国王は、「アラブ人は1300年前からパレスチナに居住、ユダヤ人国家を作ることには反対」と言明)。

遂に1948年第1次中東戦争。(エジプト・シリア・レバノン・イラク・ヨルダン対イスラエル)米国(トルーマン政権)大量の対イ軍事援助。1949年イラクを除き和平。
米国ではサウジで大油田開発、サウジ−レバノン(シドン)パイプライン(地中海)1950年。イスラエルの領土拡大。1949年イスラエル国連加盟。パ難民発生90万人。

第2次中東戦争、1956年、ナセル大統領(エジプト)のスエズ国有化。英・仏・イスラエル3カ国でエジプト討伐秘密作戦、侵攻開始。米・ソはこれに対抗、介入し、停戦圧力(背後に各国の石油権益獲得の思惑。またこの時代冷戦下のソ連の強力な力の外交)。

第3次中東戦争、1967年、ナセルはパレスチナ支援で多数軍隊をシナイ半島に派遣。イ空軍の反撃「6日戦争」終結。対シリアでゴラン高原占領、ダマスカス攻撃直前にソ連

介入、対イ圧力で停止。この時イはヨルダン川西岸と東エルサレム占領。国連安保理242採択(領土と和平の交換)。ソ連の中東外交活発化。パレスチナの過激化進む。

1973年第4次中東戦争、アラブ側の石油戦略(日本ちり紙買占め、米国ガソリン販売制限)。エジプトとシリアがシナイ半島とゴラン高原奇襲。イラク、ヨルダン、サウジ、モロッコがアラブ側支援。米キシンジャー外交で兵力引き離し。ゴラン高原で国連の監視国(UNDOF)設置。日本50名派遣、今日に至る。日本、アラブ寄りの姿勢、三木副総理特使。

この後約20年間イスラエルとアラブ側の対立は膠着状態。[78年エジプト・イスラエル単独和平。79年イラン革命。ソ連のアフガン侵攻。80年イラ・イラ戦争。89年ベルリンの壁崩壊とソ連のアフガン敗退(ソ連の崩壊、冷戦の終結)。天安門事件。]

1991年湾岸戦争とマドリード中東和平会議の開催。米国は多国籍軍のリーダシップをとり、軍事行動の主役。他方、中東和平推進、マドリード中東和平会議開催(国連安保242号の「領土と平和の交換」(land for peace)のスローガンの下、イスラエルとシリア・レバノン・ヨルダン・パレスチナ(PLO)をマドリードでテーブルにつかせた。
ブッシュ・ベーカーのコンビでシャトル外交精力的努力、中東の包括和平の実現目指す。日本も会議の環境委員会の議長国となる。(今次、米国の対イラク戦争と中東和平努力としてのロードマップ外交を彷彿させる。)

(3) 中東和平の行方

世界平和に向けて、米国及び西欧社会が、中東及びアジア・アフリカのイスラム社会と共存、世界経済に不可欠のエネルギー資源の安定確保のため最も大きな不安定要因たる中東和平問題の解決に力点を置くのは正しい方向。中東和平達成には、単にパレスチナ側のテロの停止、イスラエルの移住禁止、援助の供与は解決にならない。
実質問題、即ちイスラエルによる占領地の返還、パレスチナ国家の独立、イスラエルの安全保障、イスラエルとアラブ諸国との国家関係の正常化、地中海沿岸中東地域の広域経済開発等の合意が必要。米・欧・露が実力で保証し、国連が支持する体制が必要。
イスラエル側はパレスチナとの交渉に加え、隣国レバノンのシーア派ヒズボラとの対応が当面の課題となっている。根本的な解決を図るにはイスラエルの後ろ楯となっている米国、ヒズボラ勢力の背後に控えるシリア及びイランを含め、更にはトルコ・エジプト等この地域の政治大国の協力も得て、包括的な和平努力が必要とされる。

    




フロアからの感想

・中東の国で出版されたアジアの地図は非常に印象ぶかかった。日本は、アジアの中心ではなく、むしろ極東に位置している。しかも、アジアの主たる宗教は、イスラム教である。イスラムといかに対応するかというポリシーが日本にはかけていることを教えられた。

・日本が現在このような姿で、存在しうるのは、日米安保のおかげである。アジアに位置する日本はこれでよいのであろうか。

・ローマ帝国は他の民族を引き入れるときに、文明、宗教をともに併合した。今の世界にはこの寛容さがかけているのではないか。

・日本は島国であり、アジアの中でもイスラムと関わることの少ない特殊な存在であることを実感した。

・スクリーンの地図と、実際に経験された話を基に、現在日本が置かれている状況を興味深く聞くことができました。普段、日本がアジアに位置しながらもイスラムとの関わりを余りにも意識していないことを痛感しました。